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控訴とは?
控訴理由
控訴審の手続き
控訴審の構造
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       控訴 とは?
 

控訴とは、高等裁判所に不服申立てをすることです。
控訴審の構造は、事件そのものではなく、原判決の当否を審査するという事後審としての働きを有します。もっとも、この構造にも争いがあり、現行控訴審は自ら心証をとるという続審的性質を多分にもった事後審であって、控訴審は自ら事実点について心証をとりこれを原審の事実点と比較すべきものであるという考えです。この争いは、審査のための事実取調べの範囲がどこまでかという問題に影響を及ぼしていきます。控訴審の構造を事後審という考えに立つと事実取調べの範囲はかなり限定的であると解され、続審的に考えれば範囲は広くとらえてもよいでしょう。このような控訴審の構造がどのようなものであるかは困難な問題であって、簡単に結論づけることはできないのが、控訴審が原判決を破棄して自判する場合には続審的と考えるのがよいでしょう。

       控訴理由
 

控訴は原判決の誤りの有無を点検するものであるから、どこに誤りがあるか、ということが大事です。そこで当事者主義をとる以上、それを当事者に主張させることにしました。これが控訴理由です。原判決は、①法令に従って訴訟手続きを進め、②事実の認定、③法令の適用を行い、④刑を量底するという過程で成り立っているので、その誤りは、それぞれに相応して、訴訟手続きの法令違反、事実誤認、法令適用の誤り、量刑不当となります(377条~383条)。控訴を申し立てるには、必ずこれらの理由を指摘しなければなりません(384条)。控訴審の審判は、これらの理由をめぐって展開されます。その意味では、控訴理由は、第1審なら訴因に匹敵すべき性質のもの、つまり審判の対象となります。したがって、控訴理由は、同時に原判決破棄の理由となります(397条1項)。

以下、具体的に控訴理由を見てみましょう。
1訴訟手続きの法令違反
㈠絶対的控訴理由(377条~378条)
控訴は原判決の誤りを是正するためのものであるから、誤りが判決内容に差をもたらすような場合であること、つまり判決への影響が要求されます。これは、原則として、どのような控訴理由についてもそうです。ただ、法は、一方で、濫用的な上訴を抑制するため、影響が「明らか」であることを要求し、他方で、重大な手続き違反については、その存在を擬制しました。この後者、つまり擬制される場合が絶対的控訴理由となります。
⑴法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと
⑵法律により判決に関与することができない裁判官が判決にしたこと
⑶審判の公開に関する規定に違反したこと
⑷不法に管轄または管轄違いを認めたこと
⑸不法に、公訴を受理し、またはこれを棄却したこと
⑹審判の請求を受けた事件について判決をせず、または審判の請求を受けない事件について判決をしたこと
⑺判決に理由を付せず、または理由にくいちがいがあること

㈡相対的控訴理由(379条)
以上の場合以外の手続き違反がある場合です。判決に影響を及ぼすことが明らかでなければならないから、「その法令違反がなかったならば、現になされている判決とは異なる判決がなされたであろうという蓋然性」の存在につき、申立人に挙証責任(自分の主張についてその証拠を示す責任)があります。
では、具体的に判決に影響を及ぼすことが明らかな場合とはどのような場合でしょうか。判決の効力に影響を及ぼす場合とは、たとえば、公判廷において終始被告人の身体を拘束したまま審理をした場合などです。また、判決の主文や構成要件的評価に影響を及ぼす場合など、判決の内容に影響を及ぼす場合なども相対的控訴理由としてあげられます。

2法令手適用の誤り(380条)
認定された事実に対する実体法の適用を誤ったことをいいます。判決後に刑の廃止・変更または大赦があったときは、事後的に法令違反に準じる事情が生じたというべきであるから、やはり控訴理由となるでしょう。

3事実誤認(382条)
判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に限られるでしょう。したがって、相対的控訴理由の一つといえます。ここにいう「事実」とは、厳格な証明を要する事実(犯罪事実)をさします。量刑事情については、犯行の動機、目的、準備状況、手段方法、態様等、犯罪事実に属する情状(いわゆる犯情)については、ここにいう「事実」に含まれるが、被告人の性格、境遇、家庭の状況、反省状況、被害弁償の有無、示談の成否、被害感情等、犯罪事実に属しない一般情状については、含まれず、それについての誤認は、381条の量刑不当の理由となるでしょう。また、「誤認」とは、控訴審が判断の資料として許容される証拠からは、原審の事実認定が肯定されないことをいいます。
注意すべき点は、原判決が採用した証拠から推論を誤ったり、その評価を誤った場合は、判決に引用された前提と拙結論にくい違いがあることになり、前述⑺の理由不備ないし理由そごとなる。したがって、事実誤認とは、それ以外の場合、すなわち、裁判所が証拠の取捨選択を誤った(取調べをせず、取調べをしたが採用しなかった)ため認定すべからざる事実を認定した場合をさします。

4再審事由(383条1号)
再審事由も事実誤認に準ずる控訴理由です。非常救済手続きである再審の場合は、被告人の利益のためにするものだけが許されるが(453条)、これに対して、控訴理由としての再審事由は、事実誤認の救済を目的とするものであるから、被告人に不利益であっても許されるでしょう。

5量刑不当(381条)
処断刑の範囲内での刑の量定が裁判所に許された裁量の範囲を逸脱していることをいいます。量刑は被告人にとってとりわけ重要な関心事であることから、量刑不当での控訴理由が最も多いようです。裁量的加重減免、酌量減軽はもちろん、刑の執行猶予、未決勾留日数の本刑通算、罰金の換刑処分、選挙権・被選挙権の停止・不停止なども量刑問題となります。

       控訴審の手続き
 

申立て
控訴を申し立てるには、控訴申立書を第1審裁判所に差し出します(374条)。申立書には、控訴をする旨および対象となる判決を表示する必要がありますが、控訴理由は記載する必要はありません(控訴理由は、控訴趣意書に記載します)。申立書は、訴訟記録および証拠物とともに控訴裁判所に送付され(規則235条)、これを受け取った控訴裁判所は、速やかに控訴趣意書の差出し最終日を指定して、控訴申立人に通知します(控訴趣意書の差出し最終指定日は、通知の書面到達日の翌日から起算して21日目以降。規則236条)。
控訴趣意書は、第1審にあてはめれば起訴状にも相当する重要な書面で、以降の審判の基礎をなします。つまり、それに基づいて弁論や調査が行われます(389条・392条)。したがって、控訴理由を明示する必要がありますが(規則240条)、同時に、これを疎明する資料等も添付ことが要求されます(367条2項参照)。例えば、377条の場合は検察官または弁護人の保証書、378ー379条、381-382条の場合は訴訟記録および原裁判所において取り調べた証拠にあらわれている事実の援用、383条の場合は疎明資料、がそれにあたります。380条の場合は、性質上その理由を示せばよいことになります。
裁判所が控訴趣意書を受け取った時は、速やかに、その謄本を相手方に送達しなければならないが(規則242条)、その相手方は、答弁書を差し出すことができます(規則243条)。

審理手続き
特則をのぞいて第1審公判の規定が準用されます(404条)。その特則としては、①被告人は、原則として出頭の義務はありません(390条)。もっとも、出頭の権利はあるので、裁判所はこれを召喚します。②弁護人は、弁護士に限られます(378条)。③被告人のための弁論は、弁護人でなければできません(388条)。もっとも、被告人も、被告人も、事実の取調請求はできるし(393条1項)、そのさい証人を尋問し、みずから質問に答えて供述をすること等も禁ぜられているわけではありません。
なお、明文の特則はなくても、性質上控訴審には準用されない規定もあります。例えば、起訴状一本主義は妥当しません。そのため、勾留処分に関する法280条、規則187条や、準備手続きに関する規則194条1項但書きの準用はありません。また、冒頭手続きに関する法291条の準用もないでしょう。
問題は、訴因変更(罰条変更も同じ)ができるか、です。当然のことながら、変更すべき訴因を基準にして原判決のみ許されるというのが判例です。学説の支持もありますから、それが妥当でしょう。

控訴理由の調査 
控訴審では、控訴理由の有無が審判の対象であるが、それはまず控訴趣意書にかかれているので、弁論はこれに基づいて行われ(389条)、裁判所はそこに含まれた事項を調査しなければなりません(392条1項)。調査とは、控訴理由にあたるとされる事情を審査・検討することをさしますが、具体的には、すでに控訴裁判所の手元にある原審訴訟記録、控訴趣意書、疎明資料、答弁書、原審から送付された証拠を素材とした、インフォーマルな一種の証拠調べだと考えればよいです。旧法における法律審たる上告審のやり方をひきついだので、その方式は、法廷外で自由の行われるものとされているわけである。
調査の結果は、判決で必ず判断されなければならない。もっとも、控訴棄却の場合はすべてについて判断を示す必要がありますが(396条)、原判決破棄の場合は、訴訟手続きの法令違反→事実誤認→法令適用の誤り→量刑不当の順で論理的前後関係に立つので、そのひとつについて破棄理由があり他を判断することが無意味になるときは、調査・判断の必要はないでしょう。
控訴理由については、職権調査も可能です(392条2項)。これは、裁判所の権限ではあるが義務ではないとされています。控訴審でも当事者主義を原則とすべきこと、とくに被告人に不利益な方向での調査は裁判所の性格上妥当を欠くからそう解すべきですが、原判決自体の破棄や控訴趣意書にかかわる調査に伴い当然判明するような事項については、例外的に義務を認めるべき場合もあるでしょう。なお、職権調査の及び得ない物的範囲としては、攻防対象論があります。

事実の取調べ
上記のような調査をするのについて必要があるときは、当事者もしくは弁護人の請求によりまたは職権で、事実の取調べすることができます(393条1項本文)。この調査といい事実の取調といい、内容が分かりにくいですが、こう考えればよいです。調査は、前期のように原資料に対する取調活動ですが、それだけで足りないときに、それ以外の資料も調べるのが事実の取調です。そこで、「必要があるときは」とは、「(原資料だけでは)足りない場合は」という意味ですし、事実の取調べとはいわば新証拠の取調べ(旧証拠の新たな取調べを含む)ということになります。
例えば、事実誤認の調査としては訴訟記録や原証拠に対する検討を行うわけですが、それだけでは判断がつきかねるというときに、あらためて証拠を調べなおすのが事実の取調であり、要するに、両者には資料の範囲に違いがあります。どちらもいわば証拠調べに類するものではありますが、第一審と同様な証拠調べ手続きは必要がなく、それが調査・事実の取調べと称されるゆえんだとされます。もっとも、第一審なら厳格な証明を擁すべき事実については、少なくとも破棄自判(有罪)ということになった場合は適正な証拠が要求されるので、厳格な証明の手続きを履践せざるをえないでしょう。
問題は、事実の取調可能な範囲です。この点につき、まず、対象たる(ⅰ)事実の範囲は、393条2項の反対解釈から、明文のある383条2号の場合は別にして、原判決に限られます。争いがあるのは、その範囲内で(ⅱ)資料(証拠)についてはどうかということです。学説には、大まかにいって、①法の定める例外たる383条、393条1項但し書き、同条2項の場合をのぞき、原裁判所の取り調べた証拠に限ります(もっとも、原審で取調べ請求したが却下された証拠はよい)とする説(制限説)、②自由に新証拠の取調べをしうるとする説(無制限説)、③被告人に利益な方向でのみ②の結論をとる説(片面的構成説)があります。
今日、実務は②の立場による運用が重ねられ、最高裁もこれを支持しました。①は事後審という立場を徹底しようとするものですが、証拠の範囲については明文規定がないことと、上訴審特有の具体的救済の必要性にてらし妥当性を欠くと考えられたのでしょう。③は、魅力のある考え方ですが、実定法上の根拠に決め手を欠くという弱みがあるので、なお解釈論上の工夫を必要とするでしょう。

控訴審の裁判
控訴は原判決の当否を点検・審査するものであるから、その応答としては、請求の棄却=控訴棄却(原判決の維持)、請求の認容=原判決破棄ということになります。そのほかに申し立ての不適法却下もあるので、終局裁判としては、結局、①不適法による控訴棄却の決定と判決(385条の6、395条)、理由なしとする控訴棄却判決(396条)、③原判決破棄の判決(397条)があります。
ところで、控訴審においても、事件そのものの継続はあるので、破棄した場合には、その処理が必要になります(原判決前の状態で継続することになります)。そこで、破棄と同時に差戻し、移送、自判のいずれかの判決をしなければなりません(破棄とこれらの判決は理論上は別個のものですが、実際は一体としてくだされます。398-400条)。このうち実際には自判で終わるケースが圧倒的に多いです。控訴審が原判決の審査をたてまえとするということを貫くならば、差戻し等が原則で、自判は例外となるはずですから(400条参照)、この実態は、ことのよしあしは別にして、法のねらいが裏切られていることを示すといってよいでしょう。
それはそれとして、新たに有罪を認定して自判する場合には、直接主義・口頭主義ひいて憲法31条の要請があるので、必ず事実の取調べが必要だというのが確定した判例法です。例えば、事実を確定しないで無罪とした原判決を破棄して有罪とするとき、犯罪の証明なしとした原判決を破棄して有罪とするとき、違法阻却、責任阻却事由の存在を認めた原判決を破棄して有罪とするとき、原判決より事実を拡大認定するとき、は事実の取調べが必要です。そして、取調べの程度は、「事件の核心をなす部分」について必要だとします。
しかしながら、ひるがえって考えてみると、直接主義の要請をいうのなら、事実の取調べの要否ではなく、その内容としての厳格な証明の要否を問題とすべきであり、そしてまた、破棄判決の拘束力がある以上、自判だけでなく差戻しの判断にも同様に妥当すべきであるから、結局、破棄判断そのもの、つまり控訴理由についての判断そのものにかかわる要請だということになる。換言すれば、それは、事実誤認判断の資料のあり方の問題となるでしょう。ここまでくると、付随的な判断あたる自判だけについての問題ではなく、原則的な控訴における審理・判断の構造、つまり控訴審の構造そのものと深くかかわることがわかります。

       控訴審の構造
 

やり直しと審査
控訴審の立法構想としては、覆審、続審、事後審(審査審ともいう)の三つがあるとされます。覆審とは、原審とは関係なく新たに審判をやり直す方式、続審とは、原審の手続き・資料を引き継ぎ、これに新たな証拠を加えて事件について審判を行う方式、事後審とは、原判決の当否を審査する方式です。しかし、前二者が事件そのものについてもう一度審判するという“やり直し”または“繰り返し”型であるのに対し、事後審は、側面から原判決を点検・審査するという“見直し”型である点に決定的な違いがあるので、この二つを対置し、前二者はその中のバリエイション(原審の訴訟記録・証拠を利用するかどうかで区別する)と考えたほうが特徴をつかみやすいでしょう。
前者は、事実点も法律点も含む全面展開方式だから控訴に利用され、後者は部分的点検方式だから上告に利用されることが多く、いわば控訴型(事実審)と上告型(法律審)ともいえます。我が国の控訴は、旧法までは前者のうち覆審であったのに対し、現行法では事後審となった。このこと自体は、原判決の誤りを内容とする控訴理由を要求し、これについて調査・取調べを行い、裁判所の第一次的応答は原判決の認容(控訴棄却)か破棄とした(自判は第二次的対応のひとつである)ので、自明のことであると思われます。
なぜこのような変化がもたらされたかというと、一方で、当事者主義の採用により第一審が充実をとげたので、これを単純に繰り返すことは事実上不可能・不適当となったし、他方で、最高裁が違憲問題を扱う最終審とされたので、控訴審を法律審化して、負担軽減を図る必要が生じたからです。いわばサンドイッチのように上からと下からの要請にはさまれ、事後審という構想に活路を見出したのだといえるでしょう。

事後審の内容
問題は、何を基準に審査するのか、です。
(1)厳格事後審 当初は非常に厳格に考えられました。すなわち、審査という以上、原裁判の立場に立っておこなわれるはずですから、①時間的には、原判決時を基準とし、②資料的には、原審にあらわれた証拠によるのを原則とするといいます。厳格事後審説と称することができるでしょう。もっとも、これは原則であって、現行法上はそのまま貫かれているわけではなく、①については、383条2号、393条2項の、②についても、382条の2、383条1号、393条1項但書きの、例外があります。しかし、それらはあくまでも例外であって、緩やかに解することは禁ぜられ、また、393条1項本文の関係でも、新証拠の取調べは許されません。ところが、その後このような厳格な考えは、実務の運用の中で力を失っていきます。真実発見と当事者とくに被告人の具体的救済の要請ということを背景にして、①は、いざしらず、②については、真実の取調べが緩やかに認められることにより、変貌を余儀なくされたのでした。その理論的説明として、次のふたつがあります。

(2)続審の接木 最初の反対提案は続審接木説でした。これは、書面審査にとどまる限りでは事後審ですが、事実の取調べがおこなわれると、部分的に続審が接木され、その場合は、新証拠も許され、自判することになり、したがって基準自は控訴審の判決時となるといいます。しかし、現行法は事実の取調べが開始されれば必ず自判すべきものとしているわけではなく、また、結局事実上の続審化を招くという過激な結論となる、などと批判されました。

(3)審査審 そこで、つぎに審査審説があらわれます。これは、原判決の判断過程を審査するのではなく、結論の客観的な当否を問題にするので、理論上、①判断基準時、②資料ともに、厳格事後審説のような制約はないとします。もっとも、第一審重視を根拠とした実定法上の制約があることはもちろん認めます。この説は、「事後」ではなく「審査」を強調するので、ゆるやかに資料を許容しうることとなるでしょう。しかし、ここまでくると、第一に、「審査」ということの意義が無内容となり、時間的・資料的限界の解釈に何ら手がかりを与えないこと、第二に、他方、その基準論については多くの場合に刑訴法に規定があり、残されたほとんど唯一ともいえる重要課題は事実の取調べの要否・内容の問題であることから、構造論は、少なくとも基準の提供という点では、もはやほぼその役割を終えたといってよいでしょう。今後の問題は、すでにふれたように、事実の取調べの内容いかんにこそあります。

事実誤認の本質
ところで、最近は事実問題については、「審査」ということがありうるのかという根本的疑問まで提起されるにいたりました。
まず、その背景に、つぎのような実務の現実があります。事実点の事後審査が特異な法制であることはくりかえし指摘したとおりですが、わが法はこれを、ある意味で無理を承知で、負担軽減のために採用しました。しかし、果せるかな記録で事実認定を批判することは直接主義とぶつかるという矛盾を露呈し、判例は自判するについて事実の取調べを要求するということでつじつまを合わせました。ですが、事実調べをやれば自判が常態化し、かくて控訴審が続審化するということは、争い得ない現実です。これは、事実点についての「審査」のゆきつく必然的な運命を物語っているのではないか、との疑問を抱かせます。そこで、理論上も、事実認定については、そもそも事後審査は成り立ちえないのではないかという主張があらわれるわけです。従来、事実点の審査について種々の説明が試みられてきたので、まずそれを紹介しておきましょう。
①経験則違反説 これは、原審の認定方法に経験則違反がないかを審査するという説です。②基準区別説 第一審では、「合理的疑いを超える証明」(A)プラス裁判官の内的確信(B)の有無で有罪・無罪がきまりますが、控訴審では、前者の存在だけを審査するという説です。なお、そのバリエイションとして(②‘説)、有罪のためには証拠の「客観的蓋然性」(A‘)と裁判官の「主観的確信」(B’)が必要ですが、無罪は後者の確信が形成されないということを意味しますから、無罪判決に対しては事実誤認を争う上訴はできないとの主張が導かれます。③高度の蓋然性説 事実誤認の程度が高度な場合だけを問題にするという説です。④判断方法区別説 第一審の事実判断は総合的・直観的・帰納的であるのに対して控訴審のそれは分析的・論理的・演繹的で、「合理的疑い」の有無という観点からの審査だとします。
しかし、いずれも次のような難点があります。①については、経験則違反はもともと法令違反の一種とされたものだから、一歩を進めて事実誤認を正面から控訴理由とした現行法の趣旨にそぐいません。②については、第一審では、A+Bが有罪の要件である以上Bが欠ければ無罪となるが、控訴審では、Aを肯認すれば原判決を破棄(→有罪)すべきことになり、不合理です。
また、②‘については、一方でA’が認められないという理由での無罪ならばくつがえしうるはずなので、すべての無罪判決に対する条を排斥する必要はないし、他方で、B‘の審査ができないのであれば、B’は認められないという理由で有罪を破棄する(無罪とする)ことも不可能になるはずであり、そうすると、結局「無罪に上訴できない」というのではなく、「B‘の判断に対する上訴ができない」というだけのことになります。これはむしろ①に近い結論でしょう。
また、③については、現行法は単純な事実誤認を控訴理由とし、高度な場合に限っていないので、妥当性を欠きます。④については、第一審・控訴審それぞれの、事実に対するアプローチを特徴的に示すものとしては鋭い指摘ですが、第一審でも「合理的疑い」の有無の判断にあたっては、論理的・分析的検証を要しかつそれが行われているはずだから、両社は楯の両面というべきでしょう。そうすると、この説は、逆に、第一審と控訴審の判断は、実質上はむしろ接近するということを示唆しています。
このように考えてくると、事実誤認とは、原審と控訴審の認定が一致しないことであり、法は、控訴審の心証を原審のそれに優先させたのだといわざるをえないのではないでしょうか。なぜなら、事実はあるかないかなので、みずからの心証を形成しない限り、原審の批判はできず、かくて、事実誤認判断のためには、自己の認定と原審の認定を比較する以外に方法がないということになるでしょう。とすると、これは、事故の結論を出しておいて原審と比べるのであるから、「審査」ではなく、まさに「やり直し」の方式です。そこで、最近は、事実については事後審ではなく認定のやり直しであることを率直に認めるべきだ、という有力な主張があらわれたわけです。
これは、事後審論が現行刑訴法40年の不変の遺産であることを考えると、過激な主張のようにもみえます。しかし、実は現状を直視して「王様は裸だ」と喝破したようなものです。なぜなら、実務は、事後審という“たてまえ”にこだわるとみせかけて、事実認定の全面繰返しをかろうじて避けようとしてきたにすぎないからです。しかし、それだけに事実の取調論を中心に真の問題があいまいなままに残されているので、今後は、以上のような控訴審における事実認定論の本質をふまえて、問題の明快な解明・発展がのぞまれています。

 
 
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